国際武道大学・笠原教授がクリニックに来てくださいました
笠原教授は、
論文・学会発表・書籍などの研究実績はもちろんのこと、
プロ野球チームのトレーナー指導、
大手企業とのリカバリープロジェクトなど、
まさに エビデンスを現場に落とし込む実践者。
私たちにとっても、
“臨床に活かせる生きたエビデンス” を直接学べることは、本当に貴重でありがたい時間でした。
リカバリーセンターも一緒に体験していただきました。水温5度は、寒冷環境に慣れていない人にとっては、かなり厳しい温度だと再認識しました。
でも疲労回復にはいいんですよね。

実は…高校の大先輩なのです。
笠原先生 しかも 野球部のスーパースター という経歴。
習志野高校といえば…
- 甲子園優勝 2回
- 準優勝 1回
私は入れ替わりの年代のため、同時期に在籍していたわけではありませんが、
当時はまさに「昭和体育会」全盛期だったと聞いています。
野球部は、きっとサッカー部以上に昭和色が強かったのではないかと思います。
(詳しいことは分かりませんが。笑)
今の時代にはないと思いますが、、(笑)
- 100mダッシュ 50本
- 終わりの見えない走り込み
- 負けたら走って帰る
- 試合に負けたら 坊主
- 昼休みは掃除とグラウンド整備
- 先輩・監督には「はい」か「Yes」しかない世界 笑
- 先輩が同じ駅にいたら挨拶
- 先輩が見えたら隠れるように電車に逆側に行って乗る(これは強制でなかったですが、自分は怖くてしてました。プロになるような有名な先輩は優しかったですが。)
- そしてほとんどの生徒が
数Ⅰ・Bを 3年間かけてやるというカオス🤣(頭の中筋肉) - 高校生なのにセンター試験を知らない奴がいる笑
そんな環境から
大学教授になるって、本当にすごいです。
私もオーストラリアへ留学し、
英語も完璧ではない中で大学院入学、なんとか資格を取り、働き始め…
- 面接すらしてもらえないこと
- 英語が理由で落とされること
- 患者さんに「アジア人は嫌」と言われること
- サッカーでも
「上手い」だけでは契約に届かない現実 - 文化の違いに苦しむ毎日
たくさん、たくさん悔しい思いをしてきました。
それでも続けられたのは
それはやっぱり…
「高校のあの理不尽に比べたら、まだ頑張れる」
と思えてしまう自分がいるんですよね。笑
良いのか悪いのか?
今の時代には合わないかもしれない。
でも確かにあの頃が
自分の“折れない軸” を作ってくれた のも事実です。
「雑草の如く逞しく」
これは高校のスローガンですが、今でも私の人生を支えている言葉です。
笠原先生、
そしてあの時代を一緒に過ごした仲間たちに感謝です。

3年しか一緒にいなかったのに今でもおっさんになってスポーツドリンクからお酒になっただけでバカな話で盛り上がれるいい仲間に恵まれました。笑

(数少ない頭筋肉から有名になった友人笑)
高校時代の話から子供のこ仕事のこと、世界は全然違えど楽しくていつも時間が足りないです。

